スポットライトは胸の中に
公園のベンチでギターを練習した後、楽器屋をいくつか回ってケーブルとスピーカーマイクを手に入れると、空は夕方の色に変わっていた。
さて、そろそろ歌いに行くか。
全ての準備が整った私は、再び西門町へと向かった。
辺りをうろうろし、路上ライブができそうな場所を探す。
が、ここは日本でいう原宿のような場所。
あまりに多くの人が行き交いすぎて、今の私にここはハードルが高すぎる。
し、第一こんな場所で路上をやって良いのかさえわからない。
とりあえず、西門町を出ることに。
5分ほど歩いたところに、大きなホテルを発見。
荷物が重過ぎて足腰が限界だった私は、人通りの邪魔にならないようにして、とりあえずホテルの入り口から少し離れた場所の壁に、もたれるように座り、荷物を下ろした。
ああ、もう歩けない。
とりあえず、ここなら、ギターを広げられるだけのスペースはあるな。
私は、恐る恐る、人目を気にしながらギターをケースから取り出す。
「”何やってんだこの人”とかって冷たい目を向けられたら嫌だなあ」
もう、ギターをケースから取り出すだけで、こんなにビクビクするのだから嫌になる。笑
私って思ってたより勇気がないんだ。
そんな風に少しだけ思った。
ギターを取り出したはいいものの、その音を鳴らす勇気が出ない。
まずは、さっき覚えたばかりのコードを弾けるか、ちょっとチェックをしよう。
私は座ったままの体勢で、下を向き、うつむきながら、小さくコードを鳴らした。
「誰も私を見ないで。ただ、練習しているだけだから。コードが合ってるか、確認しているだけなの」
そんな風に誰に聞かれているわけでもないのに、勝手に心の中で言い訳を作る私。
おそるおそる顔を上げると、幸いなことに、誰も私のことなど気に留めず、通り過ぎていく。
世界一周に飛び出すため会社を辞める時も、日本を一人で発った時も、不安なんて感じなかったのに。
それに、普段ライブハウスで歌を歌うのはあんなに楽しいのに。
こうやって見知らぬ人前が通り過ぎていく中で、ギターを弾くことがこんなに勇気のいることとは思わなかった。
きっと無視されたり、冷たい視線を向けられることが怖いんだ。
私は、今まで友達やファンのみんな、家族など、私に温かく接してくれる人たちの輪の中だけで生きてきた。
ライブハウスで歌う時に私の目の前にいるのは、みんな私の歌を聴きにきてくれている人たち。
友達と会う時にだって、私をわざわざ無視するためにお茶をする友達なんていない。
家に帰れば、何も言わなくとも支えてくれる家族がいる。
私の周りにいる人たちは、いつだって、自分を受け入れてくれる人たちだ。
少なくとも、私のことを気にかけてくれている。
私はこれまで、自分に視線を当ててくれる人たちの中だけで生きてきた。
けど、今は違う。その逆だ。
路上で歌ったって、私のことを気に留めてくれる人の方が少ないだろう。
これまで、エベレスト登山やひとり旅をしてきて、少しだけ、”私はちょっとした困難を乗り越えるのが好き”そんな気持ちになっていたけれど、それは違った。
だって、これまで、エベレストもひとり旅も、本当は”困難だ”と思ったことがなかったから。
そのことにやっと気がついた。
私は、困難を乗り越えるのが好きなのではなく、困難だとも思わずに、ただそれらを楽しんでいた。
けれど今は違う。
今からすることに対し、明らかに不安を感じている。
通り過ぎていく人の流れは、得体の知れない川の流れのように思え、落ちたら溺れて二度と戻ってこれないような気がした。
けれど、本当は、今、目の前を通りすぎていく人たちだって、私がいつも海外で友達になったり、学校で友達になったりする人と何ら変わらない人間だ。
なのに、こうやって、歌を歌おうとするとなんだかとてつもなく冷たい人たちのように思えてしまう。
話しかければ、きっと無視されることはないだろう。
だけど、通り過ぎていく人の流れに向かって歌を歌うとなると、無視されることがほとんどだ。
そうだ、私は無視されるのが怖いんだ。
冷たい視線を向けられるのが怖いんだ。
私の手は、少しだけ震えていた。
けれど、そんな不安を抱きながらも、
”私にはできない”
だとか
”諦めよう”
なんて弱気なことは、決して思わなかった。
ここに座って、 下を向きながら隠れるようにして、ギターの練習をし始めてから、なんと1時間経っていたが、「今日路上ライブをする」という決意は揺らがなかった。
むしろ、「できないことなんて、この世に1つもない。やる気さえあれば」
という、私の心の奥底に根付いているポリシーが、この臆病な気持ちを前に燃え盛っていた。
私の心は、意気込みと尻込みという、正反対の感情で渦巻いていた。
そして意気込みが、尻込みのせいで、余計に燃えているというのだから不思議だ。
まるで、敵が強ければ強いほど、盛り上がる戦闘シーンが、自分の心の中で繰り広げられているようだった。
私の心臓の鼓動を速く打たせているものは、恐怖や緊張というブルーな気持ちだけでなく、困難に立ちはだかった時に湧いてくる、あの独特のワクワクとの両方だった。
なんだかよくわらかない興奮で、胸の高鳴りが抑えられない私の脳みそは、回路が感情に支配され、指令され、私の足を勝手に動かしていた。
私は、ギターを持って立ち上がり、人に見えるよう数メートル前に出た場所に出た。
そして、「ギターを持って世界一周してます!」と中国語で書いたスケッチブックを横に置き、スタンバイした。
立ち上がって前に出て見たその景色は、ライブハウスのステージ上からの眺めと重なって見えた。
目の前を、相変わらずたくさんの人が、私のことなんて見向きもせず通り過ぎていく。
いつもと違うのは、観客が私を見ていないということだけ。
さっきまで降っていた雨で濡れた地面は、ビルの灯りを反射してキラキラ光っていた。
それが、私を照らすスポットライトのように思えた。
不思議なものだ。
心が変わっただけで、見える景色がこれほど変わってしまうのだから。
目前の大通りを走る車は、雨上がりの道路とタイヤの擦れる独特な音を立てて通り過ぎていく。
その雑音さえも、かき消すよう。
そして、私など気に留めなどしない人々を呼び止めるよう。
気がつくと、最初のコードを思い切りかき鳴らしていた。
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