エベレスト5日目 野口健さんの友達と出会う
ロッジの扉を開け、外に出ると、鋭く硬い、直線的な白い日差しが、容赦なく目に刺さった。
標高3900mの強い日差しは、電気のない薄暗いロッジに慣れた目に、余計に染みる。
雲一つない青空の下で、あたしはカバンから歯ブラシを取り出し、磨き忘れた歯を磨いた。
狭い洗面所と違い、終わりのない空の下、仁王立ちで歯を磨くと、この壮大な景色全てがプライベートスペースになった気がして、心の中でニヤっとした。
水筒に入れたヒマラヤの水で口をゆすぎ、靴ひもを結び終えて顔を上げると、既に少し歩き始めたサンディップが、待ち遠しそうに後ろを振り替えってこちらを見ていた。
さあ、今日もいつも通り、ヒマラヤの朝が始まる。
一日お世話になったタンボチェの村を振り返って目に焼き付けた後、小走りにサンディップの元へと向かった。
歩き始めてから数分で、数十メートル続く木の枝のトンネルが現れた。
「不思議の国の入口へようこそ」
そんな風にいっているように思えた。
もしかしたら私達のためだけに、突然開かれた小道なのかもしれない。
待ち望んだエベレストトレッキングで浮かれている私は、そんな風に思ってみた。
木のトンネルをくぐる間、
「これはネパールの国花だよ」
とサンディップが教えてくれた。
高山に咲く花、シャクナゲだ。
春になると、まさに「高嶺の花」らしく、美しい花を咲かす。
シャクナゲのトンネルを抜けると、思ったよりも平凡な道が続いていた。
ここが不思議の国だろうと現実だろうと、この道が、私の待ち望む場所へと続いていることに変わりはない。
それからしばらく、私たちは谷川を目下に、崖沿いの道を進んだ。
毎日の通り、途中荷物運びのヤクたちとすれ違い、
また谷川沿いの道をしばらく歩いていくと、
ずっと向こうに、大きく構えるアマダブラムの山が見えてきた。
遠くにありながらもくっきり見える山の輪郭と、ゴツゴツした山肌の模様が、強い紫外線で全ての物が白く光る景色の中に、ぼわっと浮かび上がって見えた。
ずっと奥にあるはずなのに、あまりに大きいせいで、実際よりも近く見える。
そのせいで、自分の目で見ているというよりも、遠近法のでたらめな絵を眺めているような気がした。
橋を渡った後、岩のごつごつした急な坂道を、転げ落ちずに器用に下っていくヤク達を見送った。
人がいても、何も見えていないかのように、平然とぶつかってくるヤク達も、実は注意深い生き物なのかもしれない。
そこから少し行くと、小さなストゥーパを見つけた。
決して立派とは言えないけれど、これでもれっきとしたストゥーパだ。
ストゥーパの周りには、平べったい岩がたくさん置かれていて、よく見ると、お経らしきものが、びっしりと書かれていた。
これを彫るのに、どれほど時間がかかっただろう。
わざわざこんな場所に運ぶのにどれほど労力がかかったんだろう。
そこからしばらく行くと、登山家のネパール人男性と出会った。
よくよく話を聞いてみると、
あの、野口健さんの友達だというのだ。
ネパールのトレッキング会社で働いているという彼。
そのトレッキング会社を、野口さんが支援してくれているのだという。
「震災のときも、いつだって日本人は、私達ネパール人を助けてくれる。本当に感謝しているよ。僕たちネパール人と君たち日本人は、いつまでもいい友達さ。君にもありがとうを言わなくちゃ」
そうやって、私にまで、ありがとうと言ってくれた。
さて、長い道のりを歩き通して、空腹が限界に達した頃、アマダブラムをバックに佇むロッジにたどり着いた。
これぞ、まさに青空レストラン。
注文したのは、ガーリックスープと
チキンチーズモモ!
長時間歩いたすえ、やっと辿り着いた昼食だ。
すこし干からびてる感じがしたけれど、それでもとても美味しそうに見えた。
が、勢いよく、一口かじり、口に入れた瞬間、
「肉は腐っているかもしれないから注文するな」
と言っていた、昨晩ロッジで出会ったネパール人のおじさんの顔を思い出した。
というのも、嗅いだことがないようなにおいが、口の中いっぱいに広がったからだ。
雑巾を洗わずに、数日間、風通しの悪い場所に放置したような臭いだ。
反射的に
「おえっ」
と言ってみたものの、
自分がスーパーウルトラアルティメット貧乏登山ガールであることを思い出し、口から出すのをやめた。
残り少ない貴重な現金を投入して得た食糧だ。
これを無駄にするわけにはいかない。
そしてそのまま、口の中に臭いモモを入れたまま、本当にこれを飲み込むべきなのか否かを考えた。
何か違うものを注文し直すべきかもしれない。
でも、究極にお金がない。
というよりそもそもこれは腐っていないかもしれない。
ヤクかバッファローか何かの乳でできたチーズは、もとからこういう匂いがするのかもしれない。
でも、昨日のおじさんが、チーズや卵、肉は注文するなと言ってたな。
色々考えた挙句、備え付けのソースと、テーブルに置いてあった調味料で味とにおいをごまかし、”臭くなかった”ということにして、しっかりモモを間食した。
この日の昼食で一番おいしかったのは、サンディップが分けてくれた、ホットマンゴージュースだった。
出発前に、ロッジのトイレを借りる。
壁も屋根もトタンでできた本当に簡素なトイレだったけれど、床に敷いた干し草に垂れ流すタイプの、自然のトイレではなかったことが救いだった。
失礼しました。
外へ出ると、ロッジのおばさんが、土がこびりついたしわしわの手で、天日干ししたフルーツを、地面から拾い上げて分けてくれた。
干からびたシワシワの塊を渡されて、思わず、
「これは何?」
と聞いてしまう。
おばあさんが、それを自分の口の中に入れて見せてくれたところで、ようやく食べ物だと理解した。
なんの果物かは分からなかったけど、甘酸っぱく、グミのような食感のドライフルーツは、すごく美味しかった。
そして別れ際に、お湯を購入し、水筒に沸かしたヒマラヤの水を入れてもらう。
水筒の底には、小さな草がいくつか沈んでいた。
おばあさんの笑顔には癒されたけれど、今日は色々なものでお腹を壊すかもしれないということだけが、不安だった。
ちなみに、エベレストを登山していると、あちこちでこのアンテナのようなものを見つける。
真ん中に水の入ったヤカンを吊るし、高山の強い紫外線を一点に集め、お湯を沸かすのだ。
さて、お昼を済ませ、お腹を満たしたところで、再びパンボチェを目指して出発だ。
続きは次回!
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