エベレスト5日目 ディンボチェの村へ
小さな村の青空レストランで、
いくつかお腹を壊しそうな不安要素を平らげ、昼食を終えた私達。
村のロッジを後にすると、あたりの景色は、それまでとは違うものへの変わっていた。
背の高い樹木が生えられないところまで、標高が上がったためだ。
この岩と土がむき出しになった、高山の景色の中を歩くのが、私はとても好きだった。
私たちの他に、あたりに人はいない。
川の音と風の音以外何も聞こえてこない広い空間の中を、冷たい風を顔で感じながら、時々土埃が舞う乾いた土の上を歩くのは、他の惑星を歩いているような気がして、気持ちがよかった。
お昼を過ぎた山の空には、いつものように霧のような薄い雲がかかり始め、それが余計に、この景色に神秘さを与えていた。
こんな場所にも、ところどころ、ポツンと建物が建っているのを見かける。
他の家や村からもかなり離れた場所に、家がときどき点在しているのだ。
他の家と集落を作るでもなく、ロッジを運営しているわけでもなさそうで、どうしてこの場所にわざわざ住んでいるのかが不思議だった。食糧さえ手に入れるのが難しそうだ。
私はここを他の惑星のようだと思ったけれど、本当の他の星は、ここよりももっともっと、過酷な環境で、水もなければ酸素もなく、気温も低すぎたり高すぎたり、毒ガスがあったりすることを思うと、地球って本当に奇跡の星なんだな、と思った。
そしてしばらく歩くと、小高い丘に周りを囲まれた、平らな場所に出た。
なんて気持ちがいい場所なんだろう。
よく見ると、馬が何頭も、のどかに歩いていた。
人に慣れているのか、近づいても平気な様子で、生えている草を食べるのに夢中な馬たち。
かわいい。
そして馬のいる平地をすぎると、景色はより一層、渇いた未知の惑星のようになっていった。
この景色の中を歩くのが気持ちよかったのか、サンディップはときどき、
「フォー―――ッ!!!!」
と叫びながら歩いた。
すると、数十メートル先を歩いていた、欧米系の二人組が、その度に私たちを振り返る。
自分が叫んだすぐ後に、私の数メートル先を歩くサンディップも、必ず
「一体なんの声だ??」
というように、わざと私を振り返るので、
欧米系の二人組は、奇声を発しているのは私だと思ったに違いない。
サンディップに、
「なんであんたまで振り返るの!!!」
と少し怒ってみせると、
「Mihoが言ってると思われた方がおもしろいから」
と正直な答えが返ってきた。
まったく、サンディップのいたずら好きは、底知れない。
そんな彼と、一緒に歩くのが、私は本当に好きだった。
このエベレストトレッキングの楽しさを、数倍にしてくれたと思う。
この何もない道をしばらく歩き、朝の出発から約6時間で、遠くの方に、小さく今日の目的地ディンボチェの村が見えてきた。
土がむき出しの渇いた地形、ゆるやかに流れる谷川。その中に位置する霧がかかった集落は、とても神秘的に見えた。
ここへ来たことなんてあるはずないのに、なぜか前にどこかで見たことがある景色のように感じた。
見たとすれば、それはきっと、昔見た映画か、アニメか、自分の見た夢のなかだろう。
写真で見ると、その感じは薄れてしまうが、それほどまでに、現実とは思えないような景色だったのかもしれない。
何日も砂漠を歩き、突然蜃気楼の向こうに、ゆらゆら揺れるオアシスが現れたとき、目をこすって自分の目を疑いたくなる気持ちが少しだけわかった気がした。
人の手が加わっていない、だだっ広い渇いた場所に、ゆったりとした川が流れ、青空の下に霧がかかり、あたりを山に囲まれた地形は、私の生活とはあまりにもかけ離れた大自然すぎて、逆に不自然に思えるほどだった。
誰かが理想の風景画を描くために、景色を想像し、描きたいものをただ詰め込んでいったら、こんな景色出来上がってしまった。
そんな風にも思えた。
さらに道を進み、やっとディンボチェの村へ入った時でさえ、まだ現実だとは少し信じられないような気がした。
ここは、山道を数日感歩き通して、やっとたどり着いた場所なのだ。
こんな山奥に、村があることが本当に不思議に思えた。
自分がこれまで経験したり、見たりしてきたものとかけ離れていたせいで、現実感が湧かなかったのだと思う。
私にとって、数日山道を歩き通してたどり着いた先に、集落があるということは、自分の中の当たり前の外の話だったから。
それに、この目の前の壮大な景色を構成するすべてのものが、自分の想像を超えていて、こんな景色が実際に存在することが信じられなかった。
ヒマラヤを登山してから、たくさん自分の常識が覆されてきたけれど、また一つ、それが壊された気がした。
更に進み、集落へ近づいていくと、ヤクのようだけれど、ヤクよりもひと回り大きい、角の生えた大きな牛のような生き物が、出迎えてくれた。
そいつは静止画のようにまったく動きもせず、私をじーっと見ていた。
まるで私を、
「この村に入れるべき人間かどうか」
と、観察しているようだった。
ロッジについてからは、いつもと同じように大きな薪ストーブの周りを囲うように椅子を並べ、他の登山者たちと話をして過ごした。
ここを登山している人たちは、旅好きの人たちが本当に多く、これまで訪れた国の話や、日本の話、それぞれの国の話などで、盛り上がった。
が、途中から、その記憶がなくなる。
というのも、前日と同様、ストーブを前にして椅子に座っている間に、強烈な眠気に襲われ、また居眠りをしてしまったからだ。
そして、夕食を知らせるサンディップの声で目が覚めた時、昨日と同じように、強い吐き気と眠気がした。
また高山病の症状が現れたのだ。
せっかく注文したスパゲティとポテトも、2割ほどしか手を付けずに残してしまった。
後から知ったのだが、この不細工ヅラで寝ているあたしを見て、多くの登山客が笑っていたのだそう。
「自分のゲストがこんな顔して何時間も寝ていて、みんなに笑われていて恥ずかしかった」
と、サンディップが言っていた。
この数日後、他のロッジで出会った、欧米人登山者に、居眠りガールと呼ばれたのが恥ずかしかった。
私は、知らない人にこの顔をさらしていたのか。。。
しかも寝ていたせいで自分が誰にどんな風に笑われていたのかもしらなかった。
明日はトレッキングはせず、高度順応のため、この村に一泊する。
どうか高山病が治っていますように。
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