エベレスト7日目 トゥクラへ。標高3400mで、大勢を前に歌を披露?!
「スバ プラバーーット!!」
眠い目をこすり、ダイニングの扉を開けた途端、目の前に現れたネパール人のおじさんが、、、胸の前で両手を合わせながら私に言った。
なんなんだこのハイテンションおじさんは!!
「ケ ホ?(なんですか?)」
「スバ プラバット!オハヨウゴザイマース!」
朝から陽気なおじさんだ。
みんな覚えてるかな、ナムチェバザールで、私を知るこのおじさんに出会ったこと。
あれから2日後の昨日、ロッジでまた、あのおじさんに再開したのだ。
そして、このおじさんが、ネパール語でおはようございますと挨拶してきたのだ。
「スバ プラバット!おはようございます!」
私もネパール語と日本語で返事をし、先に起きてきていたサンディップの前の席に着こうとした。
すると今度は、
「歌、うたってよ!!」
と、どこからか声が聞こえてくる。
なんだか今日は、朝からやたらと人に絡まれる。
声のする方を見ると、7人程のネパール人男性たちが、5mほど離れたダイニングの一番隅のテーブルから、私に話しかけていた。
「今?恥ずかしいよ!」
声が届くように少し大きめの声で返事をする。
きっとさっきのおじさんに、私がネパール語の歌を歌えることを聞いていたのだろう。
「It’s OK! Don’t be shy! 君の歌が聴きたいんだ。カモーン!」
「No, I’m shy! There are many people!」
周りを見渡すと、30~40人ほどの、登山者たちが、静かに会話を楽しみながら朝食をとっていた。
いや~、この状況はきついっしょ。
内心そう思いながらも、
「カモーン、大丈夫、願いだよ〜!」
と、粘り強く頼む彼らの、こちらに向けてくる興味津々のキラキラした笑顔を見たら、これ以上嫌とは言えなくなった。
まったく、ネパール人たちの、この愛嬌はずるいっていつも思う。
咳払いして喉を整え、小さく深呼吸し、
「ティミロイェコーパルティミラーイ ハサウナナサクラー…♪」
と歌いだすと、彼らは真っすぐな目でこちらを見ながら、私の歌を聴いてくれた。
そのうち、ダイニングにいた、欧米人、アジア人、いろんな国の登山客たちも、私の方を注目し出す。
最初は恥ずかしかった私も、だんだん気持ちがよくなってきた。
歌い終え、「ダンニャバード、サンキュー」と言ってお辞儀をすると、その場にいた全員が、大きな拍手をしてくれた。
日本でのライブ活動を3年近く休止していた私は、久しぶりに自分の歌を大勢の前で歌うことができて、気持ちがよかった。
そして、見ず知らずの私の歌を、興味津々に「聞きたい!」と言ってくれた彼らに、感謝した。
それに、純粋な気持ちで「歌が聴きたいから歌って!」と言ってくれたことが嬉しかったし、そんな彼らの性格が私は好きだった。
ひと段落し、ようやく無事席に着くと、欧米系の登山客に
「その歌はあなたの国の歌?」
「Are you Nepali?」
等と質問された。
そっか、他の国の言葉って、わからないよね。
それと、私はネパール人に見える事もあるのか(笑)
さて、この日の朝食には、チョコレートパンケーキを注文。
思っていたよりも、大きく分厚くて、モソモソしていた。
そして味があまりない。
羨ましそうに、サンディップのしょっぱそうな朝食を見ていると、私の気持ちがわかったのか、
「少し食べる?」
といって、カレーのようなスープを分けてくれた。
甘くてモソモソのパンケーキに飽き始めていた私にとって、このカレーは救世主だった。
朝食を終え、身支度を済まし、ロッジで水筒に沸かしたお湯を入れてもらい、8時半過ぎ、私たちはパンボチェのロッジを後にした。
外へ出ると、昨日の天気が嘘のように、雲ひとつない青空が広がっていた。
私はヒマラヤの朝の、乾いて澄んだ空気が本当に好き。
ここでは、風の音と自分の足音、息の音以外、何ひとつ聞こえてこない。
乾いて澄んだ空気のお陰で、遠くの山々まで、くっきりと見渡すことができる。
寒さは嫌いなはずなのに、ヒマラヤの冷たい空気は好きだった。
私は何度か立ち止まり、音や風、日の暖かさなど、目に映るものも映らないものも、この景色を彩る全てを、目や耳、肌で精一杯感じとり、五感に焼き付けながら歩いた。
カメラを向けても、その空気感や温度、音などは、写らないことはわかっている。
それでもこの景色を少しでも残して置きたくて、好きな景色に出会うたび、何枚も写真を撮りながら歩いた。
そしてその間にも、マイペースなあたしを残し、更にマイペースなサンディップは、どんどん前に進んでいく。
登山では、歩き始めの30分が一番つらい。
空気も薄くなっているため、息が上がるのだ。
そしてこの急な坂は、余計に心臓を破りにかかる。
ハーハー息を切らして歩いていると、余計にサンディップに置いていかれた。
8割ほど丘を登ったところで、後ろを振り返ると、丘に囲まれたディンボチェの村が見渡せた。
よく見ると、遠くの方で砂埃が上がっている。
高山病患者を乗せた緊急ヘリが、乾いた土を巻き上げて、飛び立った瞬間だったのだ。
大きな音を立てながら、こちらに向かうヘリ。
ヘリに乗っている人も、ほんとはきっと、最後まで登り切りたかっただろうな、と思うと私まで少し悔しくなった。
私も、高山病にならないよう、気をつけて歩かなくちゃ。
そして丘を登りきると、だだっ広い、なだらかな凹凸が広がる場所へ出た。
昨日行ったストゥーパが、下の方に小さく見える。
その向こうには、氷河で覆われた高山を見渡すことができた。
もう、ここまで来ると、樹木らしい樹木も見当たらない。
するとここで、サンディップが急に座り込んで私に言った。
「あのヘリみたいに、僕らもヘリに乗って行こう。もう疲れたよ。エベレストトレッキングは嫌いだ。その方が楽に絶景を見に行けるし、早くトレッキングが終われば、その分ネパールを観光できるよ」
笑いながら、冗談ぽく言ってはいたけれど、普段弱音を吐かない分、珍しいなと思った。
「自分の足で登って、帰ってくるから意味があるの。あたしはただ絶景を見たいわけじゃない。自分でその景色まで歩いて行って、自分の足で帰ってきたいの。ほら、立って、行くよ!」
そう言って、また歩みを進める。
そこからしばらく歩くと、雄大なU字谷にたどり着いた。
U字谷があるということは、この谷の先には、モレーンが待っているということかもしれない。
ここは氷河によって、ゆっくりと長い時間をかけて削られてできた地形だ。
日本では、これほど大きなU字谷を見る事はできないだろう。
いったいどれほどの年月をかけて作られたのだろう。
もちろん、氷河が長い時間をかけて削りとったことは分かっているのだが、これだけ大きな範囲を削り取った何か巨人のようなものを想像してしまうと、私達人間が本当に豆粒に思えた。
そして、あまりの壮大さに、この景色自体に飲み込まれてしまいそうな、恐怖まで感じた。
これほど大きい物を見るのは、生きてきた中でこれが初めてかもしれない。
よく、海を眺めていると、どこまで続いているのか想像することさえ難しいほどの深さと広さに、飲み込まれてしまいそうな恐怖を感じるけれど、それと似た感覚がした。
ここから先は、しばらくこのU字谷に沿う丘の上を歩いていく。
この平坦な道には、小さな川がいくつにも枝分かれして、流れていた。
遠くに霧がかかり、小川が流れ、壮大な山に囲まれたこの地形を歩いていると、まるで天国にいるんじゃないかと思えてくる。
自分が本当に自分なのか、現実世界を歩いているのか、分からなくなりそうだった。
「今、私はここにいる」という実感が湧かないのだ。
だが、本当にここが夢なのか、天国なのか、とにかく現実以外の世界だと錯覚しそうになったのは、この氷河に覆われた大きな山が、どーんと目の前に迫って現れたときだった。
私はこの時、思わず立ち止まらずにはいられなかった。いや、もはや叫ばずにはいられなかった。
とにかく、ここにいたときの私はとても興奮していた。
そして、誰かとこの気持ちを分かち合いたかった。
私たちはまた、そこから更に歩みを進めていく。
しばらくU字谷に沿ってあるいていくと、谷の末端が見えてきた。
徐々に谷底が浅くなり、谷の終始点の場所へたどり着こうとしていたのだ。
つまり、ここが、地理の授業でも習ったモレーンである。
谷の始まりの場所、モレーンを実際にこの目で見るのは、これが初めてだった。
とはいえ、徐々に谷底は浅くなりつつも、まだまだU字谷は続いている。先は長い。
谷の底へ目をやると、
「カランカラン、カランカラン」
とベルの音が谷底から聞こえてきた。
ヤクを連れた男性は、ヒューイ、ヒューイと指笛を鳴らしている。
ヤクたちだ。
私達人間でもこんなに大変な道を、大きな荷物を運びながらここまで歩いてきたのか。
そして、谷の対岸には、小さくロッジも見えてきた。
昼食の村まであと少しだ。
U字谷が浅くなったところで谷を渡り、向こう岸のロッジを目指す。
ごろごろ転がっている岩たちは、写真で見るよりも大きく、想像以上に歩きづらい。
自分の腰の高さほどの大きさの岩をよじ登ることもあり、ときどき手をつきながら歩いた。
川を越えるため、軽くジャンプしなければいけないような場所では、サンディップがこまめにこちらを振り返って手を貸してくれた。
そんな道でもヤクたちは、慣れた様子で器用に歩みを進めていく。
対岸まであと少しというところで、大きな岩から小さな岩へと移った瞬間、足の親指の裏に激痛が走った。
一瞬で、まめがつぶれたのだとわかった。
ソールの厚い登山靴を履き、トレッキング用の分厚いソックスを履いていたのだが、それでも、7日間山道を歩き通した足の裏にはマメができていたのだ。
マメが潰れてからは、軽く足を地面につけるだけでも、痛みが走った。
だが、ロッジはもう目の前だ。そう思うと、不思議と痛みも我慢できた。
そうして午前11時50分。
私たちは、ボロボロの体と空腹を抱え、壮大な山々を背景に据え、簡素なロッジの数件並ぶ、トゥクラにたどり着いた。
次回は標高4900mのロブチェへ行くよ!
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