エベレスト7日目② 標高4900mロブチェへ | 旅するシンガーソングライター|内田美穂
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2018/03/10〜2018/03/21 エベレスト登山

エベレスト7日目② 標高4900mロブチェへ

息を切らしてU字谷の対岸を登り切ると、私達はようやく、標高4620mのトゥクラへとたどり着いた。

 

 

標高4360mのディンボチェを朝出発し、高い標高のおかげで不自然なほど青く見える空の下、昨日までとは比較にならないほどの壮大な景色の中を歩いて来た私には、目に映る全ての物が、現実の物とは思えなくなっていた。

 

だって、こんな景色の中を自分の足で歩いたことは、これまでに一度もないから。

 

地面に足がしっかりとついていないような、宙に浮いているようなそんな気分が続いていた。

 

一番確かなことに思えそうな、”今ここにいる”という自分の存在さえも、疑いたくなるほどだった。

 

夢を見ている間、ときどき自分の意志で眠りから覚めることができるように、もし今ここで思いきり目をこすり、必死で目を覚まそうとすれば、本来自分がいるはずの現実世界へ一瞬にして引き戻されてしまうのではないか。

そんな風に考えてしまうほどだった。

 

 

 

 

足のマメがつぶれ、疲労も溜まっていたいた私は、トゥクラに着いた途端、ロッジの中に入る前に、たまらず荷物を降ろした。

高山の乾燥した空気と吹き付ける強風は、頬や唇、コンタクトを入れた目に堪えた。

頻繁に目をシパシパ閉じなければ、やっていられないほど、乾いたレンズが眼球に張り付く。

この壮大な景色を前に、自分の目が信じられないだけか、それとも本当に視界が濁っていたのか、あらゆるものが蜃気楼のように霞んで見えた。

 

 

 

すると、何を思ったのか、私はここでコンタクトを溜まらず外してしまった。

ロッジに着いた安心感からか、乾いた目の痛みに耐えられなくなったのか、深いことを考えず、とにもかくにも、この視界の濁りを拭うため、一度コンタクト液でレンズを洗おうと考えたのだ。

 

が、これが大きな間違いだった。

 

 

右手の人差し指に外したコンタクトを乗せ、左手でコンタクト液をカバンから出そうと思ったその瞬間、

 

 

 

 

ヒュー――ン。

 

 

 

 

 

右手に乗せたコンタクトは、風に飛ばされ一瞬にしてどこかに消え去った。

 

 

「あぁ…

あたしの2ウィークコンタクトレンズが、、、、、」

 

 

 

当たり前だ。

ここは標高3600m。

樹木も生えず、遮る物もなく、常に強い風が吹き付ける山の上だ。

 

この強風こそが目を乾かしてしまっているというのに、そんな風の吹きつける中、あんなに薄いコンタクトを人差し指に乗せるなんて、本当に馬鹿だ。

 

どうしてあたしはこんなにアホなんだろう。

 

 

 

更にアホなのはここからだ。

ごつごつした岩と砂利の地面を這いずり、20分もそのコンタクトを探し回ったのだ。

この風で、とっくにどこか遠くへ飛ばされているはずだというのに。

ましてこの広い山の中、見つかるはずもない。

それに、みつかったとしても、きれいな水道水もない環境で、それをまた目に入れようと思っていたのかと思うと、本当にアホだ。

 

 

 

疲労と空腹のせいか、酸素の少ない高山で頭が回らないせいか、私のもともとの脳の構造のせいか。

きっとその全てだろう。

 

 

 

20分間もロッジの前の地面を這いずりながら徘徊する、そんな私の様子を見ていた欧米系の登山グループは、恐怖を感じたに違いない。

 

「where are you from?」

と聞かれ、ジャパンと答えた私を見て、日本人は頭がおかしいと思ったかもしれない。

 

 

 

 

そうして、汗が冷たい風に冷やされ、寒さを感じ始めた頃、ようやく私は、ロッジの前をうろうろ徘徊することをやめた。

私をみつめる、いくつかの怪訝な視線を感じ、体だけでなく、きっと頭も冷やされたのだろう。

 

 

 

ロッジの中へ入ると、高山の強い紫外線に慣らされた目は、中の様子をうまく捉えることができなかった。

あまりに強い日差しの中を歩いてきたせいで、ロッジの中がまるで暗闇のように見えるのだ。

 

席に着くと、早速メニューを選ぶ。

空腹が過ぎたこのときの私なら、軽く3食は食べられたと思う。ましてヒマラヤの食事は、量が多くない。

 

だが、現金がそろそろ底を尽きそうになっていた私にそんなことができるはずもなく、大人しく、ツナトマトスパゲッティを1つだけ注文した。

気圧の低い場所では、味覚は衰えてしまう。

そのせいか、このスパゲッティの味は、ものすごく物足りなく感じた。

もっともっと、塩味が欲しくなってしまうのだ。

私は塩コショウの小瓶を左手に握りしめ、頭がおかしいと思われそうなほど大量の塩コショウ振りかけながら、スパゲティを間食した。

 

 

それでもまだ物足りない私は、テーブルに置いてあった、フリーのフルーツジャムをスプーンですくい、お皿に盛って、パクパク食べた。

 

そんな私を見て、サンディップは、

「no one does such a thing, please stop it」

と本気で嫌そうな顔をしていたけれど、

 

「少しでも体力をつけるため」

と適当に言い訳し、ジャムを食べることを正当化した。

 

 

昼食を終え、ロッジの外へ出ると、ここへ辿り着いたときとは違い、ものすごい寒さを感じた。

歩き始めてしまえばなんともないのだが、体が温まっていない休憩後や歩き始めは、一番寒さを感じるのだ。

 

 

寒さというよりも、冷たさと言った方が近いかもしれない。

直接空気に触れる顔はもちろんだが、全身が冷たい鉄に触れているように冷たく感じるのだ。

寒いなんてものではない。

 

 

 

あまりの寒さで固まった体を嫌々動かし、ようやく出発だ。

 

ここからは、U字谷の末端、モレーンを登り切っていく。

 

    

 

前を向くと、今までと比較し格段に急になった、岩の斜面が立ちはだかっていた。

 

この急斜面こそが、モレーンである。

 

斜面には、50センチから1mほどの岩が、ごろごろ積み重なっていた。

この積み重なった岩を、階段のようにして大股で登っていく。

時々手を岩につき、サンディップに手を貸してもらいながら歩いた。

 

 

時々私が、この斜面のキツさに、立ち止まっていると、

サンディップはいつも以上に、

「はやく!」

と急かし、

 

「頭が痛いんだ」

とぼそっと言った。

 

 

私は、今朝、サンディップが急に立ち止まり、「ヘリに乗っていこう」と言っていたときのことを思い出した。

 

その時から、すでに高山病にかかっていたのだ。

いや、もっと前からだ。

よくよく思い返してみれば、昨夜、夕食の時間も待たずに、自分の部屋に行き、そそくさと寝てしまっていた。

 

本当は、その時から、ずっと体調が悪かったのだ。

 

 

「ヘリに乗りたいとか言ってたのってもしかして頭が痛かったからなの?」

 

「うん。でも、頭が痛いなんて言ったら、気を使っちゃうでしょ。だから言えなかったんだ」

 

 

何度かシグナルを発信していたのに、そのとき気づいてあげられなかった自分の気の利かなさと、辛さを我慢してここまで上ってきたサンディップを思うと、吹き付ける冷たい風のせいもあってか、絶景のせいで感極まっていたこともあってか、なぜか涙が出てきた。

 

 「お願いだから泣かないでよ。大丈夫だから、ほら、とにかく今は早くいくよ!」

 

そういう彼について、再び歩みを進め、ようやくこの急斜面のモレーンを登りきったところで、山に囲まれた平らな広場のような場所に出た。

 

  

そこには、いくつものチョルテンが並んでいた。   

チョルテンとは、チベット仏教における仏塔のことだ。

このチョルテンたちは、すべてエベレスト登山で亡くなったシェルパたちの墓だ。

 

腰を掛けて休憩しているみんなと少し離れ、私はチョルテンに近づいてみた。

よく見ると、亡くなった人たちの顔と名前が刻まれている。

チョルテンの前に立ち、こうして向き合ってみると、とうの昔に亡くなったはずの人に、時代を超えて、顔を合わせているような気持ちになった。

 

 

私は、その白黒の肖像画から、その人たちの顔を想像してみた。そして、彼らが生きてここを歩いて通った時のことを。

 

きっと、この場所を形作る地面や空、周りの山々は、今と変わらない風貌で、彼らの背中を見送っただろう。

 

何千人、何万人と、ここを通ってきた人たちのことを、この場所は見守ってきたのだ。

エベレスト登頂に成功した人、このチョルテンに眠る人達のこと、そして私のことも。

 

この場所を形作るすべてのものが、そんな私達のことを、時間の流れも包括して、見ているような気がした。

そう思うと急に、この大自然が、本当に感情や記憶を持っているように思え、なんだか親しみを感じた。

 

 

 

この山で帰らぬ人となり、そしてこのチョルテンに眠る人達は、永遠にこの場所に眠り続ける。

果てしなく続く空見上げ、私はふと、永遠の長さを思った。

 

 

”終わりがない”とは、いったいどんな意味をもつのだろう。

今の私には、見当もつかない。

 

 

 

 

 

さて、チョルテンの広場を抜けると、また、氷河の谷へと出た。

このエベレストトレッキングでは、場面が変わる度に、これでもかというほど次から次へと絶景が現れる。

 

まるで終始クライマックスの舞台を見ているようで、常にお腹がいっぱいだった。

あまりの気持ちよさに、私は、周りの目も気にせず、大声でネパール語の歌を歌いながら歩いた。

 

「もういい加減、歌うのやめて。誰もそんな大声で歌っている人いないよ」

とサンディップに言われても、それでもまだ歌い続けた。

 

もうそろそろ標高4900mのロブチェも近いというのに、なんと野良犬が歩いていた。

まともな植物も生えない中、何を食べて生きているんだろう。

なんでこんな場所にわざわざ住んでいるんだろう。

 

「ハロー」

と犬にあいさつすると、

「犬と会話ができるのね」

と、からかわれた。

 

この気持ちのいい景色の中をしばらく歩き続けると、

14時50分。

ようやくロブチェへ到着した。

 

村に入る前に、トレッキング許可証を見せ、チェックを受ける。

 

ロブチェの村の正面には巨大なヌプチェが姿を見せていた。

このロブチェには、ロッジは全部で7件ある。

自分の泊まるロッジへ着き、部屋に一度荷物を置くとすぐ、たまらず私は外の日向へと向かった。

日差しが強いため、写真ではあまり寒くなさそうに見えるかもしれないけれど、実は気温は-10度程。

汗をかいて湿ったズボンが、凍るように冷たい。

暖房のない、薄暗い建物の中にいては、凍え死んでしまいそうだった。

 

だが、外へ出ると、今度は逆に、高山の強風が吹いている。

日向に出たところで、体感温度は同じだった。

 

 

そう、この場所に、寒さから逃げることのできる場所など、どこにもないのだ。

建物の日陰には、何日か前に降ったであろう雪が、溶けずに残っていた。

ああ、この雪たちも、どこへも温かい場所へ行けず、一日中寒さから逃げることができずにいるのか。

 

 

おとなしく、ロッジに戻り、薄暗いダイニングで、他の宿泊客たちとともに、ストーブが灯る時間を待った。

ガイドたちがサービスでロッジでもらえる、韓国の「辛ラーメン」を、サンディップは半分分けてくれたけれど、舌が痛くなるばかりで、ちっとも体は温まらなかった。

 

ダイニングの椅子に数時間座り続け、全身の冷えに耐えきれなくなったころ、私はたまらず外へ向かった。

少し歩けば、体が温まるかと思ったからだ。

外へ出ると、ロッジの前の広い地面には、山の影がくっきりと映し出されていた。

 

ここからこっちが太陽の日がある場所。

ここからこっちがそれが遮られた場所。

 

 

そうやって、

日向と影の境界線に立ち、光の当たった部分と、光の遮られた黒い影の部分を行き来すると、気温の差を肌で実感することができだ。

太陽の力とは偉大だ。

そしてそのパワーを遮ってしまう山も、偉大だ。

 

 

 

そしてその間にも、その境界線がゆっくりと動き続け、夜の闇がだんだんと昼を飲み込もうとしている様子が、目に見えてわかった。

 

時間の進みをこんなふうに目で見ることができるのは、だだっ広い何もないこの場所だからこそだ。

 

まるで大自然の作った、日時計のようだった。

 

都会のビル街で、同じものは見ることはできないだろう。

 

太陽が沈んでいくのと同時に、気温がぐんぐん下がっていくのも感じることができた。

 

 

 

私は、この気温や日の光など、地球が回ることで起こる変化を、楽しんでいた。

さっきまでの寒さなど、もう今はどうでもよくなっていた。

刻一刻と変わっていく、地球の変化を尊く思った。

 

 

 

東京の街でも、毎日ここと同じように、地球は変化しているはずだ。

それなのに、日常の中で、こんな風にそれに気づくことはなかなかない。

 

 

日々の忙しさや雑踏、人込み、ネオン、物やお金、人間関係、タスクであふれる世界に生きているせいかもしれない。

もしかしたら、私達は、ほんとは小さなことを大きく考えて、それに捉われ過ぎているのかもしれないなと思う。

 

 

 

ここには、車もネオンも、人ごみもない。

忙しく何かに追われる日々はない。

 

あるのは、ありのままの姿をさらけだす、むき出しの大地と、どこまでも続く深い青空と、動じずどっしりと構える山だけだ。

 

 

そんな自然を見ていると、私は、忘れかけている何かを、取り戻せそうな気持ちになった。

 

 

 

太陽が大地の向こう側へ隠れ、足元を見失ってしまう前に、私はロッジへと戻った。

 

夜には、サンディップの高山病も、よくなっているようで、安心した。

さて、明日はついに、エベレストベースキャンプへ。

 

 

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この記事を書いた人

旅するシンガーソングライター

1994年生まれ/埼玉県出身。 高校生の頃から、ラジオやライブハウスに出演し、シンガーソングライターとして活動。 ​早稲田大学を卒業後、一年のギャップイヤーを経て、2018年4月に広告会社に入社するも、世界一周を決行するべく退職。 現在は、シンガーソングライターや、旅ライターとして活動中。12月からは、ギター1本で世界を旅します!エベレスト等ヒマラヤを二度登山したりと「やらない後悔よりやった後悔」がモットーの旅人。 もっと見る

  uchidamiho2929@gmail.com

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