エベレスト8日目① 標高5160mゴーラクシェプへ | 旅するシンガーソングライター|内田美穂
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2018/03/10〜2018/03/21 エベレスト登山

エベレスト8日目① 標高5160mゴーラクシェプへ

明け方、私は暑さで目覚めた。

気温-20度近いというのに、少し寝汗をかいていた。

 

 

熱湯の入ったボトルを2本、ゆたんぽのように、何枚も重ね着したお腹の中に入れておいたからだ。

お腹に手をやると、少し冷めてぬるくなったボトルに手が触れた。

 

 

 

ロッジのまきストーブの上に、水の入ったアルミの水筒を、数時間乗せておくと、寒い中歩き通して中身が半分凍ってしまった水筒も、手で触れないほど熱くすることができる。

1本は、そうやって、水を再加熱したボトル。

 

 

ヒマラヤトレッキングでは、水は非常に高額だ。

冷水に比べ、お湯はさらに高い。

こうすれば、残った水を無駄にしなくて済むし、無料でまた温かいお湯にすることができる。

 

 

そしてもう一本は、ロッジで寝る前に、沸かしたお湯を入れてもらったもの。

生水を飲むとお腹を壊すため、水ではなくお湯を買うのだ。

こうして寝る前にお湯を買えば、ストーブで温めたものと合わせて2本、湯たんぽができあがる。

 

このロッジで買ったお湯の残りを、次の日のロッジのストーブでもう一度温めるのだ。

 

 

数日前から、毎日こうしてお湯の入った2本のボトルを湯たんぽ代わりにしているおかげで、眠る間は多少の暖を取ることができた。

ダウンジャケットをやフリースを含め、5枚以上重ね着していると、寝汗をかくほどだった。

 

 

 

だが、それでもここは標高4900m。

朝目覚めると、これまでも相当寒い思いをしてきたはずだが、それとは比べ物にならないほどに寒さを感じた。

 

 

 

まず、昨日100%まで充電していたはずのiPhoneが、あまりの寒さのせいで、寝ている間に一晩で0%になっていた。

カメラの充電もそうだった。

寒いと、充電の減りが速くなるのだ。

 

そしてコンタクトを目に入れようとケースをあけると、レンズを浸けた液体が凍っていた。

 

部屋に置いていた鍵や服、カバン、化粧品など、全ての物が、冷凍庫で冷やされたかのように冷たくなっていた。

 

息はいつものように、部屋の中でも白かった。

 

 

 

 

さて、この日の朝食には、シェルパシチューを注文した。

思ったよりもサイズが小さく、昼食まで持つかどうか不安になったが、現金が底をつきそうな今、これを食べて満足するしかなかった。

 

午前8時、めずらしく私たちは、この日は登山者らしく朝早く出発することができた。

トゥクラを後にし、村を振り返ると、まぶしい日差しに白く照らされたロッジが、私たちを見送っていた。

 

ここからしばらく、緩い上り坂を歩いていく。

 

この道を歩いていると、山間を縫うように、途中何度もヘリコプターが、私たちの頭上を飛んで行った。

高山病患者を乗せる、緊急ヘリだ。

それだけたくさんの人が、このヘリを必要としているのだ。

そしてその度に、サンディップは、

「ヘイ、ヘリ―、僕らも乗せていってー!」

と、ふざけて赤い帽子を振る真似をしようとした。

 

 

あたしは、この景色の中、途中何度か立ち止まってみた。

すると、自分が砂利を踏む足音が消え、息を吐く音、風の音の他に、物音は聞こえなくなった。

まるでこの世界にいるのは、自分達だけのように思えた。

そして、

「ハー、ハー」

という自分の息の音だけがやたらと大きく聞こえ、自分が普段こうして息をしていたんだということに、気づくのだった。

 

空を見上げると、終わりのない宇宙が続いている。

底のない沼のように、あまりに大きな空の果てを想像すると、私は恐怖を感じた。

 

 

普段、そんなことを感じることはないのだが、これだけの大自然の中を歩いていると、時々恐怖を感じることがある。

それは、ここで体調を崩したらどうしようだとか、食べるものがなくなったらどうしようだとか、そういう具体的な恐怖ではない。

もっと漠然とした恐怖だった。

 

 

何が怖いのかよくわからない。きっと具体的なものに恐怖を抱いているわけではないんだろう。

 

ときどき立ち止まってこのあまりに壮大な自然の中にぽつんと佇んでみると、恐怖の塊が押し寄せてきて、身震いする。

 

暗い深海にただ一人でさまよっている場面や、宇宙の中に放り出されてしまった場面を想像したときに、湧いてくる恐怖に似ていると思う。

 

 

自分のものさしで測れる範囲を逸脱しているものや、想像や知識の範囲を超えるものを目の当りにしたときに、私は恐怖を感じるのかもしれない。

 

 

人の住む世界から、遠く離れた星に、置き去りにされてしまったような気持ちがした。

 

 

  

そして、ずっと左手に見えていた丘を登りきると、景色はより一層、現実離れしたものへと変わった。

丘の向こうに隠れていた、氷河に覆われた山々が、ぐんと近くに姿を現したからだ。

 

右手には、チャングリ氷河が広がっていた。

 

私は、こーんな大きな氷河を自分の目で見たことは、生きてきて一度もないと思う。

氷河って、こんな風になってるんだ。

と率直に思った。

 

 

 

正直に言えば、私の語彙力では、このとき自分が見た景色を、1億分の1も表現できないと思う。

 

どんな言葉を使っても、この景色のすばらしさとその時の私の感動は、ほんの数ミリしかすくいとれない。

 

本当に、信じられない、目を疑いたくなる景色の中に私は立っていた。

 

写真でも、言葉でも、上手く伝えられないから、もしも魔法が使えたのなら、どこでもドアがあったなら、今、この記事を読んでくれている皆さんを、今すぐこの場所へ連れて行きたい。

 

きっと、この記事を読むより、数億倍感動するはずだ。

今この文章を書いている私の頭の中には、みんなが「信じられない」と表情で唖然とする顔がすでに浮かんでいる(笑)

 

ここまでくると、足元も、今までと比べ物にならないほど、相当悪くなっていた。

大きな岩がごつごつ転がっていたし、崖すれすれの道を歩かなくてはいけなかった。

そもそも幅50センチから2メートルほどしかないこの道を、道と呼んでいいのかすらわからない。

 

 

そのため、向こうから来た人とすれ違う時は、いつも命がけだった。

もし、この人が、足を踏み外したら、私も一緒に道連れになるかもしれないし、その逆もしかりだ。

 

 

転がる岩は、必ずしも地面に安定しているわけではなく、体重をかけた瞬間に、ごろんとぐらつくものも多かった。

運悪く、その岩を踏み、岩ごと崖の下の氷河に転がり落ちたら、地面にたたきつけられて死ぬ。

 

 

特に重い荷物を運びながらやってくる、ヤクとすれ違う時は、大変だった。

既に何度も書いているが、ヤクたちは、このぼけっとした顔で、平然とどいてくれない。

どいてくれないどころか、私のことがまるで見えていないかのように、立ち止まることもしなければ、避けてくれることもない。

もし、ヤクの前にぼーっと突っ立ていたら、ゆっくりと突進してきて、そのまま崖の下に突き落とされるだろう。

正面からヤクを捉えたこの写真を撮るのも、ある意味では命がけだった。

カメラを構えるその間にも、ヤクはずんずん近づいてきていたからだ。

「Are you mad?」

と怒っていたサンディップの表情を、今でも覚えている。

 

 

 

そういえば、気が付いただろうか。

高い標高のせいで、空の色が、青を通り越し、蒼になっていることに。

 

この、昼間であるにも関わらず黒い空が、私を余計に、「本当にここは現実なのか」という思いにさせるのだった。

 

想像してみてほしい。

異常な程の強い紫外線が降り注ぐ、思い切り明るい昼間であるのに、なぜか空の色が黒いのだ。

晴れているのに降る雨や、昼間なのに突然闇が訪れる皆既日食を見たときのように、きっとおかしな気分になるはずだ。

 

晴れていたら空は青い。雨を降らすのは曇り空。昼間に夜は訪れない。

 

そんな、当然のように信じている当たり前を覆されたら、奇妙な気持ちになるに違いがない。

 

空の色、この絶景、自分を今取り囲むすべての物事のせいで、このときの私には、何もかもが現実のこととは思えなくなっていた。

自分の信じてきた常識と、目の前に広がる世界は、あまりにかけ離れていたからだ。

 

 

今、こうして記事を書きながら、この時のことを思い返してみれば、私がごく自然に当たり前だと信じていた、都会の日常も当たり前ではないんだということを思う。

確固たる当たり前なんて、本当はどこにもないということだ。

一人一人の頭の中には確かにあるのだけれど、浮き雲のように、気づかないうちに消えたり増えたり、そして常に変化していく。

 

 

世界を旅する前の私の中の当たり前は、日本という狭い地域で形作られた、とてもちっぽけなものだった。

 

人間として生きている限り、物事を考える限り、誰かと共存して生きていく限り、常識だとか、普通だとか、当たり前は、必ず付いて回る。

生活している中で、自分が知らず知らずのうちに信じ込んでしまう、その常識だとか当たり前の概念の中からは、一生逃れることができないと私は思う。

 

けれど、その常識や当たり前は、経験や知識によって変えることができるし、その殻を破ってそこから新たな世界へ飛び出すことは可能だ。

私の中の当たり前が、このエベレストトレッキングや世界を旅する中で変化したように。

 

 

ヒマラヤトレッキングやネパールへの旅、その他の国へのバックパッカー旅を通して、私の中の当たり前は、”日本の当たり前”からもっと大きなものへと変化し、確実に大きく広いものへとなった。

 

 

 

私は、12月から、ギターを担いで世界中を旅する。そしてそのために、新卒入社した会社を半年で辞めた。この決断だって、日本の常識からは逸脱しているだろう。

実際、たくさんの人に、「常識を外れている」と言われた。

 

けれど、私にとっては、やりたいことがあるのに、安定や周りの目に縛られて、それをやらないことの方が非常識だった。

 

 

世界中の常識からしてみれば、一人の人間が信じている常識の範囲なんて、本当にちっぽけでしかない。

世の中は、自分が思っているよりも大きい。

それを少し知った今、会社を辞めてギターを持って世界を旅することなんて、大したことじゃないと、私は思っている。

 

 

本当にただ、自分のやりたいことをしているだけだ。

世界は、もっともっと大きい。

 

 

 

とはいえ、今こう語っていることこそが、誰かの常識に飲み込まれた意見かもしれない。

きっと知らず知らずのうちに、自分でも気付かないうちに信じ込んでいる当たり前は、いくつもあるだろう。

 

 

  

実はエベレストトレッキングは初めてなサンディップは、一生懸命に、この周りの山を動画や写真に収めていた。

カトマンズに帰ってから、山の名前や知識を勉強するのだという。

 

 

私はもう、この360度周りを山に囲まれた、この景色を見られただけでも、最高にうれしかった。

この先、これ以上の景色が待っているということが、どうしても想像できなかった。

この景色がもう既に、私の想像の範囲を超える絶景だったから。

そこからしばらく行くと、

11時11分、標高5160mゴーラクシェプに到着した。

煙のような雲が立ち上る氷河に覆われた山と、黒いほど青い空の中にたたずむ、真っ白に照らされた村を見たとき、もう、映画の世界か、アドベンチャーゲームの作られた絶景の中にいるようにしか、思えなかった。

 

このときの私は、ここを現実だと思うのをとっくにやめていたのかもしれない。

というよりも、現実だと自分に言い聞かせようとしても、本当にどうしても、実感がわかなかったのだ。

 

頭のおかしいこと言うと、今ここで死んだとしても、ゲームの中で前回セーブした場所からやり直せるように、私の住む東京から何も変わらない明日が始まるんじゃないかって、そんなわけのわからない感覚がした。

自分が本物のライフを使ってこの場所で生きているという感じがしなかった。

「ここにいるのは、幽体離脱した自分の分身か、ゲームの中のコントローラーで動かせる人物だ」というように、地に足がついている感じがしなかった。

 

今、これを書いている今でさえ

「あれは夢だったんだ」

と言われれば、信じてしまうかもしれない。

 

 

今、写真見返していて、率直に思う。

こんな景色の中に、村があるなんて、やっぱりどう考えてもおかしい(笑)

やっぱり幻だったんじゃないかって思えてくる。

 

 

ゴーラクシェプの村では、強い紫外線のおかげで、日陰と日向の境に強いコントラストが効いていた。

私は、この光と影の強いコントラストが、とてつもなく好きだった。

ものすごく寒いのに、なんだか夏の日陰を思い出してしまうような、不思議な感覚がした。

日本の冬にはない日差しの感触だ。

この、”ありえない程日差しが強いのに、ありえない程寒い”という、普段経験できない気候が、私は大好きだった。

 

 

もし、私が巨人だったら、確実に、この村ごと、ハグしていたと思う。

そのくらい、この村の景色が大好きだった。

 

 

 

ロッジの中に入ると、サンディップはすぐに部屋に向かい、具合が悪そうにベッドに横たわっていた。

 

歩いている最中には、体調を伺うと、さっきまで

「全然平気」

と言っていたのに。

やっぱり気を使って我慢をしていたみたいだった。

 

 

私の持っている高山病の薬と、頭痛薬を飲んでもらうよう頼むと、

「人生で、薬を飲んだことなんてない。飲んだとしても、小さな子供の頃で覚えていないから」

と言って、かたくなに薬を嫌がった。

 

それでも何とか説得し、高山病の薬だけ、飲んでもらった。

 

 

 

 

空腹すぎて、どうしようもなかった私は、少しだけ奮発しておかわり自由なダルバートを、昼食に注文した。

   

カトマンズで食べれるものや、今まで食べてきたものと比較すると、味は格段に落ちていたけれど、それでも何回もおかわりした。

置いてあったジャムもデザートがわりにこっそり食べた。

 

「空腹は、最高のスパイス」

これほどまでにこの言葉を実感したことは、ないだろう。

 

 

さて、昼食後は、エベレストベースキャンプへ向けて、出発だ。

 

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この記事を書いた人

旅するシンガーソングライター

1994年生まれ/埼玉県出身。 高校生の頃から、ラジオやライブハウスに出演し、シンガーソングライターとして活動。 ​早稲田大学を卒業後、一年のギャップイヤーを経て、2018年4月に広告会社に入社するも、世界一周を決行するべく退職。 現在は、シンガーソングライターや、旅ライターとして活動中。12月からは、ギター1本で世界を旅します!エベレスト等ヒマラヤを二度登山したりと「やらない後悔よりやった後悔」がモットーの旅人。 もっと見る

  uchidamiho2929@gmail.com

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