エベレスト12日目② 人生史上、最も死に近いジャーニーへ
せっかくルクラまで戻ってきたものの、飛行機が悪天候で飛ばず、立ち往生を食らった私。
飛行機の運航状況を確かめるべく、空港へ向かって歩いていくと、数十メートル先のロッジのバルコニーから
「おーーい!」
とこちらに手を振るグループが見えた。
近寄ってみると、彼らはこのトレッキング中に何度も出会ったネパール人ガイドたちだった。
彼らも同じ状況で、飛行機なせいで足止めを食らっていたのだ。
そりゃそうだ。この村にある空港は、たったひとつだけなのだから。
「飛行機、今どんな状況なの?」
と聞くと、
「僕らもわからない。空港のスタッフに聞いても誰にもわからない。全ては天候次第ってとこだ」
と、朝食をとったロッジのスタッフのおばさんと同じ答えが返ってきた。
まさに神のみぞ知ると言うことだ。
私はひどく落胆した。
が、天候という地球の営みを前に、私のようなちっぽけな人間が出来ることは、何もなかった。
ただ祈るのみ。
そして待つのみ。
インターネットもろくに繋がらないこの場所で、少しでもこの時間を無駄にしないよう、私はネパール語の本を取り出し、勉強を始めた。
そんな私に、ガイドのサンディップは、
「仮病を使って病気になったフリをし、海外旅行保険を使ってヘリを呼ぶ」
というかなり野蛮な提案をしてきたのだが、そんなことしたら後でどうなるか知れない。
ヘリを呼ぶほどの仮病を使うのだから、少なくとも、一日は病院で入院しなくてはいけないだろう。
それに、きっと私は、二度と同じ保険会社の旅行保険を使えなくなる。
ネパール語の勉強に飽きた頃、私は、ルクラの街を散策し始めた。
久しぶりのハンバーガーや
サーティーワンを堪能してみる。
が、この狭いルクラの村は、すぐに端から端まで散策し終わってしまった。
サーティーワンアイスクリームの売っていたカフェでは、行きに出会ったアメリカ人の家族が、私たちと同じように時間を潰していた。
外の世界とつながるたった1つの交通手段が絶たれた今、この狭い村の中に閉じ込められた私たち。
皆、立ち往生。
空が晴れて私たちを外へと連れ出してくれる救世主の飛行機を、大人しく待つのみだった。
散策を終え、みんなの待つロッジへ戻ってみても、状況はさっきと何も変わっていない。
午後になったが、一向に空模様の変わる気配はない。
とその時、サンディップは私にある提案をした。
「ヘリで戻っている登山客がいるけど、ミホもそうする?」
どうやら、さっき言っていた、仮病とは、また別の話らしい。
詳しく話を聞いてみると、カトマンズまで、この空港から4万円ほどで戻れるらしかった。
この悪天候で、視界が悪く危険なために飛行機が飛べないというのに、ヘリなら飛んでも平気な理由がわからないが、とにかく、かなり美味しい話である。
が、私は数十分、ここに残るかヘリで帰るかの決断ができずにいた。
というのも、4万円という、就職前の私にはそれなりに高額な値段に少しためらったのと、この悪天候の中、飛行機より遥かに危険そうなヘリコプターで、どうやったらカトマンズまで生きて帰れるのかを考えたからだ。
だが、このまま3日以上もこの村に閉じ込められたままかもしれないことを考えると、私の心は決まった。
せっかくのネパール旅行、1日も無駄にしたくなかった。
そうとなってからは、荷物をさっさとまとめ、お金を払い、ヘリポートへと向かう。
ヘリポートといっても、ただの砂利の広場だったのだが、それでもここがこの村のヘリポートだ。
私がヘリポートへたどり着いて10分ほど経った時、霧の向こうから
「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」
という轟音が聞こえてきた。
と同時に、黄色いヘリが見えたかと思うと、想像以上の速さでこちらに近づいてきた。
それから数秒のうちに、ものすごい風をまとい、私たちの頭上の空まで来て一瞬の間停止する。
もう、この時、ヘリポートにいた誰もが、下を向き、両腕で顔を覆っていた。
あまりの強風に、小さな砂が吹き付け、顔へピシピシと飛んで来ていたからだ。
薄眼を開けた目からは、すべての人の髪の毛が、四方八方に乱れながらすごい勢いで靡いているのが見えた。
強風で息をするのも困難だった。
轟音で、耳が痛かった。
私たちの頭上で停止したヘリは、その位置のまま、ゆっくりと垂直方向に降下し、着陸した。
この時、私のテンションはマックスだった。
こんなに近くでヘリを見たことはないし、邪悪さまで感じるほどのグレーの空の中を、まっすぐにこちらに向かって飛んでくる黄色い機体が、本当にクールだったから。
そして、これに自分が今から乗ろうとしているのだと思うと、そのワクワクを抑えられなかった。
ヘリが着陸してからの流れは、非常に早かった。
スタッフが、とっとと乗客5人分の荷物を後ろに積み込むと、
「早く早く」
と促され、ろくに写真も撮る間も無くヘリコプターへと乗せられる。
私の席は、事前にお願いしていた通り、5人の乗客の中で、長めの良い前の席だった。
これが最後の写真になるかもしれないと思いつつも、ワクワクが顔に溢れ出したピースを決める。
すると間も無く、黄色い機体のドアがバタンと閉められた。
もう、後戻りはできない。
こうして、飛行機さえも飛ばない、地球の終わりのような灰色の天気の中、私の人生史上最も死に近いジャーニーへの、出発の汽笛が鳴らされたのである。
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