エベレスト4日目 あたしを知る、謎のおじさん現る
あたしのヒマラヤの朝は、ジンジャーハニーレモンで始まることが多い。
朝起きて、舌がすぼむようなレモンの酸味と、生姜の香りを感じながら、これで体を温めると、眠い頭が少し冴える気がするから。
カップをスプーンでかき回すと、底に溜まった蜂蜜がすっと溶け、生姜がくるくる舞う。
辛い生姜を食べてしまわないように、もう一度カップの底に沈むのを待ってから、口をつける。
一口で、気持ちがほっとオレンジ色に染まる感じがする。
この瞬間がすごくすき。
あー、朝だ。
って実感する。
このほっとする温かさを味わえるのは、この寒さがあるからだ。
苦手なはずの冬も寒さも、山の上だといいなって思えるから不思議。
ヒマラヤに来てから、初めて寒さの中に温かさがあることを知った。
朝食には、相変わらずのトマトチーズスパゲッティを注文した。
迷ったときは、たいていこれ。
山で食べるスパゲティはもちろんおいしいけれど、別に普段から特別好きってわけじゃない。
ここでは他のメニューもあまりないから、迷うとこれに落ち着くのだ。
山で食べるトマトスパゲティが格別というよりかは、きっと今なら何を食べても、ほとんどのものがおいしく感じられるのだと思う。
朝食のあとは、斜向かいの小さなお店に向かった。
「小さな」と言っても、この村ではこれが普通サイズ。
お菓子もポストカードも、トレッキングの小物も、何でも売っている、この村でいうコンビニのようなもの。
実は2日前くらいから、鼻水とくしゃみが止まらず、喉も痛い。
効能のよくわからないまま風邪薬を選び、のど飴とトイレットペーパーとともにレジへ持っていった。
すると
「I know you! You are Japanese!right?」
横から声が聞こえた。
どうやらお客さんらしい。知らないおじさんだ。
「Me? ? yes, I’m Japanese….」
一瞬誰に話しかけているのかと思ったが、Japanese?と聞かれるような人は、あたしの他にいない。
最初は、「俺は君の顔が韓国人でも中国人でもなく、日本人だとわかる」
そう伝えたいのだと思った。
ネパールに限らず、海外を旅していると、そうやって話しかけてくる人はたまにいる。
するともう一度、
「I know you! I know your face!!」
というおじさん。
今度は顔の周りを手でくるくると指し示したあと、人差し指であたしの顔を差してくる。
そのジェスチャーは、あたしの誤解を解くのにあまり意味をなさなかったけれど、どうやらあたしの顔を知っているみたいだ、と理解した。
「Me? Why?」
最初は人違いだと思った。
なぜならこのおじさんを、あたし知らないから笑。
「君がネパール語の歌を歌っているビデオを、フェイスブックで見たんだ!3日前に、カトマンズで歌ってただろ?覚えてないかい?」
彼の言葉にびっくりした。
覚えてる。
サンディップのトレッキング会社の店長と話していた時、彼に覚えたネパール語の歌を歌ったのだ。
その様子を店長が撮影し、彼がフェイスブックに投稿した。
まさかこのおじさんがそれを見ていたとは。
実は、このおじさん、トレッキングガイドの仕事で登山最中らしい。
ネパールにはエベレスト以外にも、アンナプルナやゴレパニなど、いくつもいくつも山がある。
そんな中で、彼と出くわしたのは、すごい確率だ。
もしかしたら、単に相当世間が狭いのかもしれないが、とにかく驚きであることに変わりはない。
二人ではしゃぎながら、握手をしたり、写真を撮ったりした。
そんな様子を見ていた店員さんも、
「歌、歌ってみて!」
と言い出す。
狭い店内で歌を歌うと、店にいた2、3人のお客さんみんなが大きく拍手をしてくれた。
ネパールで出会う人たちは、いつもこう、人懐っこくて気さくだ。
「知らない人だから話しかけたらおかしい」
例えその感覚を持ち合わせていたとしても、他人に対する敷居はとても低い。
もしかしたら、あたしが外国人だから、余計に話しかけたくなるのかもしれない。
だとしても、この国で出会う人たちは、いつも屈託のない笑顔を向けてくる。
ネパールにいると、知らない人同士が、さっき出会ったばかりなのに楽しそうに会話を始める場面を見かける。
困っていると、何人も周りに寄ってきて、みんなであーでもないこーでもないと言い合いながら、優しいおせっかいを焼いてくれる。
「今出会った人も、ずっと前に出会った人も、出会った人はみんな友達」
そんな風に思っているのかもしれない。
そんなところも、あたしがネパールを好きな理由の一つだ。
このおじさん、あたしと同じで、上へ登っていく途中らしい。
「きっとこの先、また会うね。グッバイサティ(友達)!」
おじさんは、あたしを「友達」と呼び、手を振り去っていった。
あたしも自分のロッジへと戻った。
一旦部屋に戻り、デーヴァナガリー文字(ネパール語かヒンディー語)表記の、今さっき買ったばかりの薬を”とりあえず”飲み込んだ。
とりあえず、というのは、「anti-cold tablet 」とは書いてあるものの、なんの効果があるのか、よくわかっていなかったから。
飲みこんだ瞬間、「乾燥剤だったらどうしよう」
と心配になったけれど、こうして記事を書いてる今も、あたしはしぶとく生きている。
出発前にもう一つ、行かなきゃいけない場所がある。
昨日水筒を買ったトレッキング洋品店だ。
カウベルのような大きなベルのついた扉を開け、暖かいお店の中へと進む。
店奥のカウンターには、昨日のお兄さんが、昨日と同じように座っていた。
「やあ、また君か。今日出発かい?」
という風に、あいさつしてくれる。
ここに来たのは、昨日買った水筒の領収書を書いてもらうため。
ロストバゲージして購入する羽目になった水筒なので、もしかしたら、航空会社か保険会社から、お金が降りるかもしれない(笑)
そうお兄さんに説明をすると、メモ用紙に「water bottle 1400」とだけ手書きで書いた、本当にただのメモ書きのような紙をもらった。
ネパールで領収書を発行してもらうのは、これが初めてではない。
カトマンズのトレッキング洋品店でも、何度か領収書を書いてもらったが、その度にもらうのは、和紙なんじゃないかってくらい薄いメモ用紙に、相当、手強い殴り書きで、商品名と値段を書いた紙ペラだった。
乱暴にメモ帳から引きちぎって渡される用紙は、大抵端っこが破けていたし、ひどい時は、書いた文字の一部がメモ帳の方に残る時もあった。
そんなわけで、英語なのか、ネパール語なのか、それとも数字なのかもわからないほどの殴り書きのメモ用紙を、あたしは何枚も大切に保管していたのだけど、そのボロボロのメモみたいな領収書を、毎回丁寧に折りたたんで、失くさないよう大切にファイルに保管しているのは、自分でも少し可笑しくなった。
この紙切れで、保険が降りるかどうかはわからないけど、とにかく、ありがとう。
さて、これで全部の用も済み、いよいよ出発!
と言いたいとこだけど、一番大事なことが残っていた。
そう、
ATMだ。
昨日はあいにく、キャッシュカードがうまく使えなかった。
もし今日もカードが使えなかったら、氷点下の気温の中、食べものが買えず、あたしは寒さと飢えで死ぬかもしれない。
っていうのは嘘だけど、まあまあにやばい状況であることは間違いない。
不安を抱えてATMへ向かい、カードを差し込んだ。
すると、
「申し訳ございません、このカードはご利用になれません」
の表示とともに、カードを吐き出す機械。
恐れていた最悪の事態だ。
食べることが好きなあたしが何よりも恐れる「空腹」な未来が、頭にちらついた。
磁気がたまたま反応しなかっただけかもしれない。
と、念のためもう一度カードを差し込む。
相手が機械なのはわかってる。
が、無機質なそいつに向かって、心の中で、「次こそお願いします。」とつぶやいた。
しかし、予想はしていたけれど、心の声が届くことはなく、
「申し訳ございません、このカードはご利用になれません」
と同じ文字が虚しく画面に表示される。
あーやばい、死にはしなくても、この先、腹ペコな未来が待っている。かもしれない。
それにもう、ジンジャーハニーレモンで始まる贅沢なヒマラヤの朝は、二度と訪れない。かもしれない。
スーパー楽天的なあたし。
まあ死ぬわけではないし、まあいっか。
なんとかなるでしょ。
と思いつつも、できるだけ節約して登山することを心に決めた。
さて、今日はここまで!
次回は、4日目の登山をスタートするところから始まるよ!お楽しみに!
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